
5歳で終戦を、父親の仕事先の仙台で迎えた。郊外の実家からは「仙台空襲」のすごさを目の当たりにし「今も忘れない」と言う。現在の台東区入谷も、東京大空襲でほぼ全滅した。その焼け跡に桜旅館を祖母が開業して、平成元年に改築した。
戦後すぐの時期は「戦争孤児が大勢いた。また客のなかには兵隊さんだった人もたくさんいて、上野に花見に来てよく泊まったもの」と話す。入谷の命名は明治から。江戸時代は、坂本、金杉という田んぼだった。
自分の代になってからは「外国人中心のホテル」になった。ヨーロッパやオーストラリアの客が多く、ひところは中国人観光客も多かった。いまでも、中国本土、香港、台湾の客も少なくない。
佐藤さんは「生活習慣の違いだから、あまり悪くも言えないが、中国人は後片付けなどは苦手なのかね」と疑問符ももつと言う。
中国へは、安田学園時代などの学友と3回訪問した。北京と、大連など東北地方へ。「記念館には日本の侵略戦争のすさまじい写真が展示してあったが、友人たちは、あまり良い気持ちではなかったようだ」とも話す。
「でも今は、中国とは経済面でも、交流面でも切っても切れない関係にあるから、喧嘩しないで仲良くやらなきゃね」と、しっかりまとめてくれた。(大)
桜旅館☎03(3876)8118