
広大な中国。なぜ、八代美子さんはこの広大なる中国に関心をもったのでしょうか。時期は、日本中がバブル景気で沸き立っていたころ、鳥取大学の遠山正瑛教授との運命的な出会いがあった。
「中国内モンゴル沙漠植林活動への参加者説明会」の小さな新聞記事にひかれて出席した八代さんは、地球環境問題の深刻さを訴える遠山先生の熱意に「私の老後はこの先生についていこう」とすぐさま決意した。あの広大な沙漠を緑にするという遠山先生の強い思いに、まるで若いころから抱いていた夢に出合えたような強烈な衝撃を受けたのだと八代さんはいう。
初めて沙漠に立ったのが59歳の時。そして、83歳になる今日までこの活動に夢中になったのには、もう1人との感動の出会いがあった。その人は、中国残留日本人孤児で中国人民政治協商会議の全国委員を務めていたウユン先生(日本名=立花珠美)である。
このウユン先生との親密な交流が、20年余にわたる植林活動の大きな原動力になっていると八代さんは信じている。
遠山先生のダイナミックな理想とウユン先生のやさしさ。いっしょに植林に励む日本の仲間と中国の農牧民。さらに、喜んで手伝ってくれる中国の子どもたち。
こうした沙漠植林の先輩や仲間たちとともに、地球に緑を取り戻す活動を日本と中国の若者たちにも伝えていきたい。植林活動を通じて日中両国の平和と友好を願い、これからも信念をもって続けていきたい、と八代さんは力強くいう。
そこには、地球規模の市民活動への限りない情熱が感じられた。(平松伴子)