
2007年、退職を機に自宅の工場だった部屋を改造、〝ミュージック&ギャラリー・歓多里〟を開いた。
「歓多里とはどういう意味ですか」と聞くと、「中国語では、〝嬉しいことが沢山ある古里〟という意味だそうです。ローマ字読みの時はNをつけてスペイン語の〝男性歌手〟の意味になります」と、楽しそうに説明してくれた。
都立高校時代に、第2外国語で中国語を選んだ。1960年代には、いまの協会本部事務所と同じビルにあった「倉石中国語教室」に通い、定年後改めて東京都連の中国語講座に通った。中国には人一倍関心をもっていると言う。中央合唱団の138期生でもある。
「なぜ中国語で歌おうですか」と聞くと、「主として、語学学習に役立つとともに、歌を通して国際理解を深めることが目的です。国際交流や国際理解を深める上で、英語や中国語学習はいまや世界的常識です。周辺諸国との経済交流なしに自分たちの未来の生活設計は成り立たない時代ですから、特に若い人にとっては。現在のように周辺諸国が嫌いだとか、また嫌われている状態は異常ですから」と、明快に話す。
そして「中国の楽譜は簡易楽譜といって、ドが1、レが2という楽譜が多く伴奏者には困難が伴うのです」と、わざわざ台湾に足を運び、中国楽譜の「鄧麗君(テレサ・テン)~鋼琴弾唱譜」を手に入れるほどの熱の入れようである。
歓多里の発展を大いに期待したいとの思いを強くした。
(宣)