私と日本〈70〉
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江戸川「日本語・教え隊」
侯 明黎さん
地域でコミュニケーションづくりを |
北京師範大学卒業後、大連で高校教師として化学を教えていましたが、06年、夫の仕事に帯同して来日。
「せっかく日本に来たのだから日本語を勉強して帰国後は日本語を生かした仕事がしたい」と日本語学習を始め、08年日本語能力検定2級を受験し合格。
この間、受験指導を受けた江戸川総合人生大学(北野大・学長)国際コミュニティ学科の山本忠明氏(2009年4月5日号)が組織する、外国人児童学習支援班「日本語・教え隊」に登録し、区内小中学校に転校して来たばかりの中国人生徒を指導するようになり、09年には日本語能力検定1級を取得しました。
来日当初は、日本語が分からないため日常生活での情報が入らないことで大変困ったそうです。病気になったときの不安もありました。また、少し日本の生活にも慣れてきた頃に日本人の友人の家に招待された時、行ったほうがいいのか、断ったほうがいいのか迷ったことも。
習慣の違いもあり、「言葉を習うのとは違う悩みもたくさんありました」と話します。食習慣の違いにも戸惑ったそうですが、最近では、日本食を作ったり食べたりすることにも慣れてきましたが、やはり欠かせないのは朝食のお粥だそうで、前の日の夜に作っておいて次の朝温めて食べるのが一番だそうです。
江戸川区でも夫に帯同して来日する中国人女性も増えてきています。しかし、日本語ができないため、夫が出勤した後マンションなど自宅で引きこもりになっている人もいると聞いています。
侯さんのように積極的に日本語を学びながら地域とのコミュニケーションを取れる環境が必要になってきていることを感じました。(荒)