私と日本〈82〉
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中国語教師
馬 暁恵さん
直接交流で日中友好を |
孔子学院や専門学校、大企業などで中国語講師や中国語のナレーターとして、忙しい日々を送っています。
「どんな人でも、最初はたどたどしい中国語。そのたどたどしく中国語を話す姿がかわいい。『桃李満天下』(教え子が国中いたるところにいる)。楽しい仕事です」と、微笑みます。
初来日は、1987年9月。北京師範大の教師で教師交換として留学していた夫をたよりに一人息子を連れて半年間滞在。翌年、家族で帰国。89年に夫の再来日のため、90年5月に馬さんが、12月に息子が再来日。当初は日本語が話せなかったので早稲田日本語教育研究センターで1年余り日本語を学習しました。
中国語講師になったのは中央大学大学院終了後の98年。ボランティアで中国語を教え、中国語ボランティアネットワーク代表の秦佳朗氏の講演に感心し通訳ボランティア活動も始めました。
来日前、北京の中国政法大学で法律を教えていた馬さんにとって、外国人労働問題をテーマにした内容は、とても興味深く、その後、この団体に所属。病院や幼稚園、小中学校はじめ女性保護施設や法律相談会の通訳として活動の場を広げ、同時に中国語教師としてもキャリアを積みました。
「中国語を教える際、言葉だけでなく、文化や歴史、中国人の性格、物の考え方などを理解してもらいたいという思いがあります。私の授業を通して『中国への印象が変わった』『中国旅行に行ってきた』と、報告する生徒もいます。直接の交流を通じてイメージを変えることが一番重要。人生の半分を中国、そして日本で暮らしている私にとって、日中両国はとても大切なふるさと。日常的なことから貢献していきたい」。北京出身、1959年生まれ。(押)