日中友好新聞
政府見解押しつける
異常な検定
高校教科書17年度用の検定結果
俵 義文
俵義文さん
検定制度改悪の影響
文部科学省は、3月18日、2017年度から使用する高等学校教科書の15年度検定の結果を公開しました。安倍政権の教育政策が今回の検定にはさまざまな影響を与えています。
文科省は14年1月に社会・地理歴史・公民科の教科書検定基準や検定審査要項を改悪し、領土問題に関する「学習指導要領解説」を改訂しました。今回は、この新検定制度と「解説」が高校教科書に初めて適用された検定です。
追加された検定基準は(1)「未確定な時事的事象について、特定の事柄を強調しない」
(2)近現代史で「通説的な見解がない数字などの事項については、通説的な見解がないことが明示されているとともに、生徒が誤解するおそれのある表現をしない」
(3)「閣議決定などの政府の統一的な見解や最高裁判所の判例に基づいて記述する」です。
追加した審査要項は「教育基本法の目標等に照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」です。
文部科学省が高校教科書検定結果を公表したことを報道する「しんぶん赤旗」(3月19日付)
全体的な特徴について
4年前の高校教科書の検定に比べて検定意見の数は一部教科書を除いて少なく、地歴・公民科の平均意見数は16です。これは、新検定基準や新審査要項による「一発不合格」を恐れて、政府・文科省の意向を出版社側が過度に忖度し、あらかじめ「自主規制」して無難な記述にしたことが推測されます。
前記の検定制度改定を説明した下村博文文科相(当時)が示した図解によれば、従来の検定・採択による教科書内容への介入に加えて、編集段階に介入し圧力をかけて「自主規制」を強制する意図が示されていました。今回の検定結果は、安倍政権・文科省のねらいをそのまま実現する、事実上の「国定教科書化」を推し進めるものになっています。
近現代史に新基準適用
前記の新検定基準の(1)が適用された結果、つぎのような修正が強制されました。
関東大震災における朝鮮人虐殺について、「6000人以上の朝鮮人と約700人の中国人を虐殺した」との検定申請本記述が、「6000人以上」を「おびただしい数」と修正させ、側注にいろいろな数字を列挙したうえで「虐殺された人数は定まっていない」と記述させました。
南京大虐殺の犠牲者についても、申請本の「20万人」を「おびただしい数」に改め、10数万、数万などの数字を列挙したうえで、ここでも「人数は定まっていない」と書き加えさせました。
「南京事件はなかった」などの根拠が薄弱であっても通説に反対する主張が行われれば、教科書への一定の数字の記載がすべて拒否されることになっています。
このような検定は、学問研究の蓄積を無視し、生徒にとっても、事実にもとづく真理の探究への意欲を失わせ、科学的で正しい歴史認識の形成を妨げるものといえます。
そもそも何が通説であるかを判断するのは歴史研究者の仕事であって、政府が決めることではありません。
政府見解の記述求める
前記の「政府見解を書け」という新検定基準が適用された例をいくつか紹介します。
日本軍「慰安婦」問題については、「強制はなかった」とする政府見解を徹底して書かせています。「政府、強制連行を謝罪」という見出しの河野談話を報道した新聞記事を掲載し、「慰安婦への強制を認め、謝罪した河野談話」というキャプションをつけた教科書は、「慰安婦に関する河野談話」にキャプションを変え、新聞記事も別のものに変えさせられました。戦後補償問題でも「解決済み」という政府見解を横並びで書かせています。
政府見解が唯一の正しい結論であるとして、それのみを教科書に書かせ、子どもたちに教え込もうとすることは、民主主義社会ではあり得ない暴挙であり、愚行です。
領土問題は政府主張で
領土問題でも、前述の「学習指導要領解説」の改訂と政府見解を書かせる検定によって、どの教科書もほとんど同じような記述になっています。その内容は、北方領土・竹島について、日本固有の領土であるが、北方領土はロシアが、竹島は韓国が不法占拠しており、日本政府はロシアに返還を求め、韓国に対し繰り返し抗議している、尖閣諸島は、日本固有の領土であり日本が実効支配しており、中国との間に領有権問題は存在しない、というものです。
問題は、領土問題について、相手側の主張にふれることがほとんどなくなり、日本政府の主張のみが書かれていることです。そのため、相手国との対話を通じて問題を解決するという考え方が、教科書からはほとんど生まれる余地がなく、相手国への非難や憎しみだけが増幅されるのではないかと危惧されます。
(子どもと教科書全国ネット21事務局長)