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HOME > 日中友好新聞 > 2015年8月5日号

日中友好新聞


長谷川テルの反戦活動に学ぶ
大阪で「日中不再戦、平和と友好の集い」
 

 

 

歴史に背を向け戦争に向かう安倍首相を厳しく批判する長谷川暁子さん

 


 日中友好協会大阪府連は盧溝橋事件記念日を前に7月1日、大阪市内で「日中不再戦、平和と友好の集い」を開催し、450人が参加しました。
 メーン企画は、戦時下に武漢・重慶から反戦ラジオ放送を繰り返し、大きな共感を呼び起こし、日本兵士には少なからぬ衝撃を与えた故長谷川テルの事績に学ぶことに置かれました。
 青年の間に日中友好の新たな気運をという願いから、司会は日本と中国の20代の女性が担当しました。

 


朗読劇の熱演に満場が感動

 


 大学生3人、劇団息吹女優1人の演じる朗読劇が始まると会場は静まりかえり、テルの放送、日本兵士の証言、当時の中国学生の共感をうたった詩に、引き込まれました。
 第2場では、1歳の暁子を残して亡くなったテルと成長した暁子による、それぞれの過去をより合わせる会話が続き、終幕では現在の日中関係と安倍政権の暴走を危惧する暁子に、テルが「民衆ほど戦争を憎み、平和を熱望する存在はない。今こそ皆さんと手を取り合って反戦平和の粘り強い歩みを」と励まします。

 

若者による朗読劇

 


テル遺児が安倍首相に直言

 

 朗読劇を受け、1947年1歳の時にテルと死別した暁子さんが登場、中国人として大切に育てられた40年、日本帰国後の27年を振り返りながら、母の国に帰って悔いはなく、多くの人びとの好意に支えられたことへの感謝を語る暁子さんに、聴衆はひと言ひと言、うなずくように聴き入りました。
 暁子さんは、2012年の第二次政権発足以来、歴史に背を向け戦争に向かう安倍首相を厳しく批判し、かんで含めるように、「陰湿な歴史否定行為を2度と繰り返すことなく、あの戦争に尊い命を奪われたすべての人びとのために、哀悼の意を表してほしい」と指摘、会場はため息と共感、ドヨメキと拍手の渦となりました(「安倍総理への進言」=大阪府連HPに講演録)。

 


栗原小巻さんが暁子さん激励

 暁子さんへの花束贈呈。会場では、「日中合作ドラマ・望郷の星」(TBS、1980年)で長谷川テル役を演じた栗原小巻さん登場というサプライズ。栗原さんは暁子さんへ花束とともに「テルさんの思いと暁子さんの思いはひとつ、集いの主旨に私も賛同し、駆けつけました」と賛辞を贈り、会場は驚きと興奮に包まれました。

 

 

 

多彩な演目で参加者を魅了

 

 男声合唱団「昴」はお揃いの赤シャツで登場、「死んだ男の残したものは」など3曲を力強く演奏、オープニングを飾りました。
 フォークシンガー、エスペランチストの野田淳子さんは「時を超えて」を演奏、会場の全員が手と手をつなぐよう促し、全員で「真実を見る目を、自由を語る声を …奪われはしない」と合唱、会場は大きな一つの輪に。
 集いに協賛した「エスペランチスト九条の会」の松田洋子さんは、プログラム上の対訳を示しながら、日本国憲法前文と第九条をエスペラント語で高らかに朗読し、参加者はその荘重な響きに耳を澄ませました。
 集いは会場参加者の総意として「安倍首相に『過去の克服』を進言する」を決議、翌日官邸受付窓口への登録が完了しました。
 会場では、アンケートに81人が回答。長谷川暁子さんの話への共感が圧倒的多数。長谷川暁子著『二つの祖国の狭間に生きて』(同時代社)が30部完売、編集委員会著『長谷川テルの青春』(せせらぎ書房)25部が購入され、「エスペランチスト九条の会」による「憲法九条にノーベル平和賞を」署名が76筆集められ、参加者の共感の深さを示しました。

 

中国マスコミも大いに注目

 

 中国の「人民網・日本語版」では早速7月2日付で、集い全体と渡辺武大阪府連会長の開会あいさつを大きく取り上げました。また新華社のインターネットテレビ(日本龍之昇中文台)もニュースで集会全体の映像を放映しました。

(山本恒人・大阪府連副会長)

 

 

●長谷川テル
 長谷川テル(1912年~47年)は、奈良女子高等師範学校(現・奈良女子大)在学中、治安維持法で検挙され、放校処分。その後、「満州」出身の留学生・劉仁と知り合い結婚。抗日運動参加のため帰国した夫の後を追って1937年4月、上海に渡航。上海事変、南京大虐殺を目にし、反戦ラジオ放送を決意。その時26歳。武漢・重慶での放送は3年間218回も。「日本の将兵の皆さん」で始まるテルの呼びかけは、日本の兵士に大きな動揺を、中国の民衆には大きな励ましを与えました。戦後、47年1月、34歳の若さで中国・佳木斯にて死去。テルの長女・暁子さんは約40年間の中国生活の後、日本に帰国。89年に日本国籍取得。現在、堺市在住。京阪神の大学で中国語を教えています。

 

 


 


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