日中友好新聞
2013年3月15日号1面
若者の交流こそ日中平和の道
湘南学園が雲南の大学生8人を招待
国際シンポ「こんな時だからこそ」を開催
神奈川県藤沢市にある湘南学園中学高校が、日中国交回復40周年を記念して、雲南省で日本語を学ぶ学生たちを2月10日から1週間招待し、生徒・卒業生との交流を行なった。
国内でも記念行事の多くが中止になるなか、同校でも紆余曲折を乗り越え、この交流が成功したことに関係者は一様に喜んでいる。朝日新聞、神奈川新聞でも大きく取り上げられ、注目を浴びた。
藤沢市にホームスティ
国際シンポ「こんな時だからこそ」に
参加した学生たち
来日したのは、中国国歌作曲者の聶耳(ニエアル)を通じて藤沢市と友好都市関係にある昆明市の雲南大学の学生8人(男子2人、女子6人)と学部長の譚盈盈(タンインイン)さん。全員が日本は初めて、多くが海を見たこともなく、雲南省の外へ出たこともない学生たちで、湘南の海辺にある学園関係者宅でホームステイした。
滞在中は生誕100周年となる聶耳の記念碑に献花の後、授業に参加したり、中国語教室を開くなど交流した。
最終日には学生たちと学園生徒が和気あいあいのなか、一緒に餃子など中華料理に挑戦。大量に作ったが参加生徒が多過ぎて、食べられなかった生徒も出るほどの盛況ぶりだった。
続いて日中豪青年シンポ「こんな時だからこそ、共に築いて行こう、明るい未来を!」が開催され、学園側からは卒業生の東大、慶応、青山学院、横浜市立大の学生たちと豪州からの留学生も参加、相互に意見交換を行なった。
会場を埋め尽くした参加者の多くが、偏った先入観をもたず、お互いを知ることが両国の関係改善にとって大事、と感じさせてくれた内容であった。
「日本は街がきれい、親切」
活発な意見交換が繰り広げられたシンポ
中国人学生の日本への感想は、「人びとが皆親切で、優しい、街がきれい、時間を守る、ルールを守る」など次々に出され、「ホームステイでは至れり尽くせりのおもてなしを頂いた」の発言には、日本語のレベルに皆感心していた。
日本の生徒や学生も、中国人学生の真面目な勉強ぶり、日本への親近感に接して、今までマスコミから受けていた印象を変えたようだった。
ホームステイに協力した浜田文さんは「学生さんたちは大変礼儀正しく、朝夕のあいさつ、お礼の言葉など何度も日本語で繰り返されるのが何とも印象的で親近感をもちました。楽しく話すうちに、日中政府間の険悪な関係などすっかり忘れ、中国の文化や社会、人びとの暮らしなど今まで以上に興味関心が湧き、雲南省の石林や季節の花を見たくなりました」と話している。
多方面の協力と努力で実現
浅草の雷門前で記念撮影
この日中友好プログラムは、昨年3月に同校の荒木伸浩教諭と学園顧問でもある日中友好協会の田中義教理事長が雲南大学を訪問し、同教諭はじめ国際交流担当教員たちの1年の準備を経て、理事長、学園長、校長、同窓会長等、多くの関係者の協力の下に実現したものである。
荒木教諭は「いまマスコミを通じていろいろな情報が流されているが、百聞は一見にしかず、双方の若者や民間の交流を通じてこそ日中両国の平和と繁栄が築ける」と語り、「藤沢市、学園同窓会等多くの人びとの協力で、実現できて本当に嬉しい」と、思わず涙ぐむ場面も見られた。
学生たちの滞在中、協会東京都連所属の法政大学教職員班が経費を負担し、会員たちが都内案内、浅草や秋葉原等、伝統と現代若者文化の見学に協力した。途中乗った電車の中吊り広告で「中国人の9割が日本と戦争」等過激な見出しに当惑する場面もあった。
法政大学教職員班は毎年のように中国の大学との交流を積極的に行なっており、昨年も西安交通大学の鄭南寧(ジョンナンニン)学長と会見、意見交換を行なった。
湘南学園の沿革
今年創立80周年を迎える伝統校。幼、小、中高があり、近年国際交流に力を入れている。
聶耳記念碑に最も近い学校で、75周年記念事業では協会主催京劇全国公演の一環として学園でも開催、午後2回の公演に1500人が参加した。
主な卒業生には森ビル社長の故森稔氏(協会主催の四川大地震被災地支援写真展では六本木ヒルズビルの会場を無償貸与してくれた)、歌手で作曲家の平尾昌章氏、指揮者の尾高忠明氏、広上淳一氏ら著名人多数。ホームページで中学高校長の校長通信が連日発信され、交流プログラムも詳述されている。
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