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戦後70年企画・村瀬守保写真展

一日本兵が撮った日中戦争



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一人一人の兵士を見ると、

みんな普通の人間であり、

家庭では良きパパであり、

良き夫であるのです。

戦場の狂気が人間を野獣に

かえてしまうのです。

このような戦争を再び

許してはなりません。

村瀬守保 


2年半にわたり中国各地で撮影し、
    家族に送られた日本兵の日常


開会期日:2015年5月8日(金)~10日(日)
8日(金)13:00~20:00/
9日(土)・10日(日) 10:00~18:00
会  場:なかのZERO・地下2階展示ギャラリー
中野区中野2-9-7 ℡03-5340-5000 ※地図参照
入場無料
主催:日本中国友好協会
・3-3234-4700 fax03-3234-4703
E-mail:nicchu@jcfa-net.gr.jpn




地図なかのZERO



村瀬守保さん(1909年~1988年)は1937年(昭和12年)7月に召集され、中国大陸を2年半にわたって転戦。カメラ2台を持ち、中隊全員の写真を撮ることで非公式の写真班として認められ、約3千枚の写真を撮影しました。天津、北京、上海、南京、徐州、漢口、山西省、ハルビンと、中国各地を第一線部隊の後を追って転戦した村瀬さんの写真は、日本兵の人間的な日常を克明に記録しており、戦争の実相をリアルに伝える他に例を見ない貴重な写真となっています。一方では、南京虐殺、「慰安所」など、けっして否定することのできない侵略の事実が映し出されています。



【主な年表と村瀬守保さん略歴】

1909年(明治42年)12月  文京区真砂町に生まれる
1927年(昭和2年)7月  私立豊山中学校諭旨退学
      以後 人夫、新聞配達員、商店員、テキヤ、
      船乗り、トラック運転手、タクシー運転手
1931年(昭和6年)9月 柳条湖事件(満州事変)
1932年(昭和7年)1月 第1次上海事変
1937年(昭和12年)7月 盧溝橋事件
      召集 輜重兵 補充兵 二等兵
同年8月 第2次上海事変
同年12月 南京事件
1939年(昭和14年)8月  ノモンハン事件
1940年(昭和15年)1月  召集解除
同年3月  会社員・㈱三田鉄工所 工場長、社長
1945年(昭和20年)8月 敗戦
      ㈱三田発動機、㈱共パン、アルプスミシン㈱、
      アルプス産業㈱社長
その後
      埼玉設備工業㈱ 社長
      全国商工団体連合会 常任理事
      埼玉県商工団体連合会 副会長など歴任
1988年(昭和63年)7月 死去 78歳

                   村瀬本人


散髪する兵士たち   正月に頭を刈り合う兵士たち


「慰安所」前に並ぶ兵士 慰安所

写真   1937年12月、南京市内に折り重なる遺体を見下ろす日本兵

 

写真展示の他にトークと証言DVD上映も


☆5/10(日) 14:00~15:00 写真家・落合由利子さん
トーク「いま、村瀬写真が語りかけるものは」


【落合由利子さん著書】『絹ばあちゃんと90年の旅-幻の旧満州に生きて』(講談社)、『働くこと育てること』(草土文化)、『戦争は知らないけれど』-月刊「母の友」(福音館書店)連載中

 


☆日本兵が自らの加害体験を証言したDVD4作品の上映


①証言-侵略戦争~人間から鬼へ、そして人間へ(43分)
②証言-中国人強制連行(41分)
③20世紀からの遺言-若者が問う侵略戦争(38分)
④泥にまみれた靴で-未来へつなぐ証言 侵略戦争(26分)


※展示写真パネルの貸し出しができます。  詳細は日中友好協会へ。


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