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HOME > 日中友好新聞 > 2014年6月15日号

日中友好新聞

77周年迎えた「7・7記念日」
許すな戦前回帰≠フ道

 

盧溝橋(北京市郊外)

 

今年の7月7日は、かつて日本軍国主義が中国侵略戦争を全土に拡大した盧溝橋事件から77周年に当たります。その後、この戦争はアジア太平洋に拡大し死者は中国人1000万人、日本人310万人、アジア全体で2000万人以上にのぼるといわれています。戦後約70年を経て、いま安倍首相によって戦前回帰≠フ動きが急速に強まっています。「77周年」に当たり、かつての「中国侵略戦争」との類似性を検証してみました。




類似する口実「アジアの自存自衛」


 日本の中国への侵略は、「満州事変」(1931年)、盧溝橋事件(1937年)と拡大の一途をたどりました。この侵略戦争の目的は中国東北地方(旧満州)を手始めに中国で日本の権益を拡大することでした。  日本の過去の侵略戦争は「アジアの自存自衛」を口実に進められました。  現在、安倍首相は、中国や北朝鮮の脅威を口実にして「集団的自衛権行使」に執念を燃やしています。その口実が「軍国主義」日本の当時と非常に似ているのに驚かされます。



「治安維持法」「墨塗り教科書」「翼賛政治」を想起


 安倍首相は、「憲法9条を変えてアメリカとともに海外で戦闘行為ができるようにする」「自衛隊を海外派兵の軍隊へと大きく改造する」「国民を戦争に動員するために、秘密保護法、教育制度の改悪、メディアへの権力的介入を強める」などを柱にして日本の軍国主義復活を進めています。  かつて中国侵略戦争は、治安維持法によって国民の自由を奪い、戦後「墨塗り教科書」で有名になった教科書の統制、すべてのメディアを管理下におき、政党を「翼賛政党に変質させる」という手法で進められました。  「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、その手法がことごとく類似しているのは決して偶然ではありません。




不再戦平和活動で反撃を


  しかし、こうした安倍首相の暴走は国民各層の大きな反撃を受けています。  「解釈憲法による集団的自衛権行使」に対して元官房長官ら保守層からも「立憲主義の否定」と厳しい批判が起こり、全国に7500以上ある「憲法9条の会」などの活動が急速に広がっています。安倍首相の「歴史逆行の言動」は戦後一貫して「平和憲法」の立場を守ってきた国民との矛盾を日を追って強めています。  日本中国友好協会は7月7日(盧溝橋事件記念日)から9月18日(柳条湖事件記念日)までを「不再戦平和友好期間」に設定し、「DVD証言―侵略戦争」の普及、「村瀬守保侵略戦争写真展」「平和のための戦争展」「中国人強制連行事件究明」など多彩な行事を全国規模で展開します。日本の軍国主義復活への国民の総反撃が始まっています。(宣)  「7・7記念日」77周年を迎えて、日本の過去の中国侵略戦争から改めてどのように教訓を汲みとり、現在の安倍政権の「戦争する国づくり」暴走との闘いに生かすべきか、4人の識者のコメントを紹介します。



日米同盟を「血の同盟に」

 

日本平和委員会事務局長 千坂純  

 

日本の侵略戦争を中国全土に拡大することとなった盧溝橋事件。いま安倍首相は、その教訓を学ぶこともなく、再び、日本を海外で戦争する国にしようとしている。 一つは、自国周辺での中国などとの衝突を想定し、相手が武力攻撃を行なってこない時(グレーゾーン事態)でも、自衛隊を出動させ、武力行使を行うことができる法整備を行おうとしている。トラブルを戦争へと発展させる危険を高めるものだ。 もう一つは、憲法解釈を変えて、アメリカなど他国の戦争に日本が参戦する集団的自衛権行使を容認しようとしている。それは日米軍事同盟を「血の同盟」とするためだ。相対的に弱体化した米国を補完し、海外で武力行使を行い権益を守る――その道を進もうとしている。これを許さないことがいま求められている。



 

治安維持法と特定秘密保護法

 

治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟中央本部副会長 増本一彦


 日本の中国への侵略は、日清、日露戦争に始まり、対華21カ条要求、山東出兵、満州事変と続き、盧溝橋事件に至った。 「治安維持法」は、特高警察と憲兵、思想検事と裁判所、軍法会議を使って国民の一切の抵抗を弾圧し、目と耳をふさぎ「教育」とマスメディアを使って国民を侵略戦争に駆り立てた。 昨年強行された「特定秘密保護法」も、国民の目、耳をふさぎ、情報への接近と開示を処罰する。「教育再生」、「共謀罪」が加わり、憲法9条の改悪で「国防軍」と「軍法会議」ができれば、国家安全保障会議という「大本営」による「戦争をする国」体制へ突き進む。「再び、戦争と暗黒政治を許すな」の世論と運動が切実に求められている。  

 

 

 

「教育反動化」戦争反省捨てる

 

法政大学キャリアデザイン学部教授 佐貫浩


 侵略戦争の反省を投げ捨て、解釈改憲で集団的自衛権を容認し、世界に派兵して戦争ができる国を目指す安倍政権は、そのための国民意識を作り出そうとして、教育への粗暴かつ憲法規範を犯す直接介入を意図している。 教育委員会「改革」で、自治体教育方針の「大綱」を首長が主催する「総合教育会議」で決め「愛国心教育」の推進と書き込めば、勝手な教育内容の押しつけが可能となる。
 教科書検定で、文科大臣が記述すべき内容を指定し、意に添わない内容を学習指導要領違反として排除することも可能となる。
 教育内容を国家権力が直接指示・管理することは、戦争反省の根幹を投げ捨てることである。平和、民主主義、教育の自由の危機を押し返す国民的力の結集が求められている。

 


 

二重の戦争犯罪を悔い軍国主義復活とたたかう

 

「山西残留」西陵友の会会長山下正男


 1937年の盧溝橋事件直後、日本軍は北京と天津を占領し、保定・石家荘を陥れ、山西に攻め込み、11月8日に省都太原を占領しました。私は45年7月、予備士官学校卒業後この部隊に配属され8月15日の敗戦を迎えました。
 「糧秣作戦」と称して部落を襲い、銃剣で脅し、小麦や家畜を奪ったことが二度ありました。脚にしがみついて拒む老婆の悲痛な顔が瞼の底から消えません。
 横暴を極めた日本帝国主義の惨敗後、45年9月9日、南京で中国戦区の降伏文書に日本軍総司令官岡村寧次が調印し、中国側に武器を引き渡しました。ところが、山西省では、日本軍司令官らと受降官閻錫山が結託して、「ポツダム宣言」に背いて、多数の反共日本人武装部隊を山西に残留させ、武力をもって中国人民の解放事業を妨害しました。
 軍の作戦命令で残留させられた私は、閻錫山直轄の教育隊「親訓団」に派遣され、彼の副官として閻錫山軍の教育訓練に従事、中国人民解放軍の太原解放に抵抗し、多大の損害を与えてしまいました。
 49年4月24日の太原解放後、5年余の間、私たちは人民解放軍の指揮のもとで、労働と学習を通じ軍国主義思想を改造し、平和と勤労を愛する真人間に生まれ変わることができました。青春を戦争犯罪で血塗らした軍国主義を心から憎み、これと終生たたかうことを固く心に誓いました。
 安倍政権の自衛隊の派兵軍化を断じて止めさせましょう。

 


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