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日中友好新聞

2010年12月15日号1面
母国に根を張り、逞しく生きる中国帰国者
生きがいのより所「残留孤児の家」

 2001年から5年間続いた「中国残留孤児国家賠償訴訟」が、「新支援策」を勝ち取って終結、08年4月から実施されている。この訴訟の「原告」は全国で約2000人、そのうち東京を中心に関東地方の原告は約1000人。
 09年9月1日、東京の上野駅に近い下町に「NPO法人 中国帰国者・日中友好の会(通称・中国残留孤児の家)」がオープンした。以来1年余、この「家」は連日賑わっている。その様子をレポートしてみた。

 

大きな国際協力事業「日中友好小学校」の建設

 

写真1

「NPO法人 中国帰国者・日中友好の会」
のみなさん

 「NPOを立ち上げた目的は何だったのか」。ズバリ聞いてみた。
 河村忠志事務局長は、「第1は、訴訟が終わってバラバラになりがちな帰国者の団結の場が必要でした。それに『新支援策』も充実したものにする必要がありますし、帰国者全体に行き渡るようにしなければなりません。第2は、帰国者お互いの交流、老後の生きがいと助け合いのセンターが必要なのです。第3は、日中友好の架け橋の役割です」と明快に話す。
 活動の柱は、「中国残留孤児・帰国者の社会福祉支援事業」「社会教育事業」「学術・文化・芸術・スポーツ交流事業」「人権擁護・平和推進事業」「日中友好・国際協力事業」「支援相談事業」の6つ。
 08年の「四川省大地震」では、いち早く支援募金を呼びかけ、約1700万円を集めた。大変な金額である。帰国者たちは「自分たちを育ててくれた祖国の危機を救おう」と立ち上がった。
 この基金で09年には被災地に「日中友好小学校」を建設。87人が落成式に参加し、地元から大いに歓迎された。大きな「国際協力事業」である。

 

15種の活動 6歳の3世が「中国語」学ぶ

 

写真2
東京・上野駅から近い中国残留孤児の家


 「どんなことをやっていますか」と聞いてみた。帰国者・地域まつり、卓球、社交ダンス、日本舞踊、音楽、楽器、太極拳、料理、パソコン、書道、中国語、日本語の各教室、自立支援通訳派遣、支援相談コーナー、健康教室、なんと15もある。
 取材したこの日も、歌唱指導の真っ最中、40〜50人もの人が大きな声で、元気よく歌っていた。音楽の49人、社交ダンスの40人を筆頭に延べ214人が参加しているという。関東原告団の20%、東京だけに絞れば40%近い高率である。
 3世は「中国語が話せない」。中国語教室には6歳の子どもも来ている。微笑ましい話である。

 

「水餃子」の販売に協力を

 

写真3

ひとつひとつ丁寧に作られていく餃子

 「一番困っていることは」と聞くと、池田澄江理事長が真剣な表情で「何といっても、家を維持していくための財政活動ですね」。
 会員は、正会員(年3000円)、団体会員(年1口2万円)、賛助会員(年2000円)だが、まだ300人程度である。「3000人ぐらいにしないと」と池田さん。
 「100万人の署名が政府を動かしました。そのご支援を引き続きNPOに」と期待する。
 鳩首協議を重ね「座してはいられない」と、半年前から始めたのが「手作りの水餃子」販売。「餃子つくり」はお手の物。腕自慢が代わる代わる分担して、いまでは「3日で6000個」を生産する。
 東京都の衛生資格ももらい、大きな「冷凍庫」も準備、いつでも注文に応えられる体制ができている。11月には、ある団体のお祭りで出張販売、「餃子汁」が飛ぶように売れた。
 餃子担当の高橋秀哉さんは「いろいろな団体の集会やお祭りに呼んでいただければありがたいのですが…」と話す。

 

さらに大きな全国的支援を

 

 「帰国1世」は平均年齢70歳。今後2世3世の参加も大切になっている。会の役員には、弁護士も多数参加、日本中国友好協会も餃子販売などで協力を始めている。
 「中国残留孤児の家」を安定、発展させるには、さらに各地からの大きな支援・協力が求められている。(宣)

 

連絡先
 (NPO)特定非営利活動法人 中国帰国者・日中友好の会
 〒110-0016 東京都台東区台東4-23-11 川口工商ビル1階
 пF03-3835-9357 FAX:03-3835-9385
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