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日中友好新聞

2009年10月05日号1面
中国建国60周年を祝う

 中国は10月1日、建国60周年を迎えました。今号はその記念企画の第1弾として日中友好協会の長尾会長とともに、日中両国で活躍している3氏のコメントを紹介します。(編集部)

 

60年の歩みと日中友好関係を展望して 日中友好協会会長 長尾光之

 

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長尾光之会長

 中華人民共和国の成立。それは世界とアジアの進歩を望む人びとに将来に対する期待と展望を与えた。長年にわたって国内で諸外国の軍隊が戦闘し、内戦も続いていた中国が一つの国に統一され、新しい国づくりを始めたからである。
 それ以来、その歩んできた道は平坦なものばかりではなかったが、建国以来60周年を迎えたことはまことに喜ばしい。
 日中関係では、この60年間では1972年の日中国交回復が一つの転機であった。地理的に近く、歴史的にも大きな影響を受けてきた日本は中国との間に72年まで約23年間は正式の国交がなかった。日中国交回復はアジアと世界の平和のため大きな意義があった。
 日中友好協会は日本の中国侵略戦争を決して忘れず、2度と起こしてはならないと、各種の不再戦行事を行なっている。
 今年4月、オバマ大統領が核兵器廃絶を主張した。全世界でこれに同調する動きが起きている。協会も創立の精神にもとづき核廃絶の運動をともに進めていきたい。
 改革開放政策採用後の中国は多くの国々と経済交流、人的交流を深めている。経済的に大きく発展し、その国際的地位も高まっている。
 日本と中国の間でも、人の往来も盛んとなり、日本の貿易はアメリカを上回り中国が最大相手国である。今後、日中間の政治的、経済的、文化的関係はますます深まっていくことだろう。
 日中双方がお互いをよく理解しつつ平和的で良好な両国関係を築いて行くことを期待したい。

 

中華人民共和国建国60周年の世界 儀我壮一郎

 

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儀我壮一郎

 昔、エドガー・スノー『中国の赤い星』を読み、魯迅を読み、生産する軍隊、「三大規律八項注意」の実践に感動して新中国の誕生を念願していた。
 ソ連軍・国民党軍と人民解放軍の満州での行動の違いを思い出すたびに、後の中ソ対立の諸要因までも連想する。
 今、建国60周年を心の底から祝福する。
 米・中のG2が世界の動向を左右するとさえいわれる現在、1971年の国連代表権回復のさいのケ小平演説の「覇権主義反対。中国が覇権主義に傾くとすれば、徹底的に批判してほしい」という趣旨の重要性を再確認したい。
 中国内部の諸矛盾を平和的・建設的に処理する「和諧社会」、そして、アジアと全世界の平和を確保する「和諧世界」の本格的実現を切望する。困難が有っても、解決の方法が有り、希望が有る。矛盾に満ちた日本も全く同じ。
 私は、『現代中国の企業形態』(1959)、『中国の社会主義企業』(1965)、『中国革命史』(1965・共著)などで新中国を紹介してきた。顧みれば、1963年夏に部分核停条約反対の中国を訪問したことが、日中友好切望の中国観と、今日の祝福の基調となっている。張作霖爆殺事件(1928年)の際、私の父親、張作霖の軍事顧問だった儀我誠也少佐が同じ車両の至近距離にいて九死に一生を得たこととともに、生涯忘れ得ぬ思い出である。(大阪市立大学名誉教授)

 

●儀我壮一郎プロフィール
  1919年東京生まれ。1943年東京帝国大学経済学部卒。ゼミは大河内一男先生。元専修大学教授。現在、大阪市立大学名誉教授。現代中国学会幹事、商学博士。日本学術会議元会員。著書に『現代日本の独占企業』(ミネルヴァ書房)、『転換期の日本企業』(同文館)、『多国籍企業』(アオキ書店)、『中国革命史』(共著・法律文化社)など多数。

 

日中友好のため邁進したい 薄宏

 

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薄宏

 心より、中華人民共和国の60周年記念日をお祝い申し上げます!
 悠久な歴史と豊かな文化をもつ中国にとっては、一瞬の出来事でしょう。が、この出来事によって、中国は真新しい姿でアジアに現われ、そして世界に注目される国づくりを進めています。
 この60年は、日中関係の進展の60年でもあります。中国人の父は日本人の母を連れて、1953年に中国へ帰国した翌年、父と旧東京音楽学校同級生の、日本の代表的な作曲家=芥川也寸志(小説家=芥川龍之介の息子)が、北京を訪れた際、深夜までわが家で歓談したのが、今でも家族で話題になっています。
 私は来日30数年、さまざまな日中友好交流に関わってきました。
 79年に、訪日中国棒球(野球)団に通訳。80年より15年間、NHKの「中国語講座」に出演、そして第1回日中友好合同公演では、中国の著名な作曲家・李煥之氏の指揮のもと、ソリストに参加。次の年に外務省の日本紹介の映像にナレーション。
 86年に日中合作、中国の有名な作曲家・呂遠氏作曲のオペラ「小野小町」に出演。そして95年、NHKと中国中央電視台(CCTV)合作の「大地の子」での出演…。
 今年の11月、上海日本人学校の招聘により、日中友好の卵たちに公演を行う予定です。
 この60周年を契機に、今後の日中友好の大いなる繁栄のため、全身全霊で邁進したいと思っています。(声楽家、俳優)

 

●薄宏プロフィール
  北京出身。中国人の父は声楽家、日本人の母はピアニスト。1977年来日、東京芸術大学で声楽を学び、東京学芸大学大学院で教育学を修了。声楽家として幅広いジャンルのレパートリーを得意とし「日本の歌」「中国の歌」「バリトン薄宏リサイタル」「バリトン薄宏リサイタルV」のCDをリリース。俳優として95年NHKドラマ「大地の子」など数々のテレビドラマに出演。
 サウンド・コミュニケーション・アカデミー「音学園」をプロデュース。桜美林大学総合文化学群・音楽専修准教授。二期会会員。http://blog.livedoor.jp/ongakuen31/

 

中秋の名月の下で amin

 

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amin

 東京にいながらも、よく上海にいる母に電話をします。15年前、日本に来たばかりの時と比べると、本当に便利な時代になってきましたね。
 この前も電話で母から今年の中秋節と国慶節はおなじ時期だ≠ニ聞きました。これは、なかなか珍しいことですね。
 建国当時のことはよく分かりませんけど、少なくとも、この20年間のなかで、中国は本当に大きな変化がありました。まさに激変の20年間≠ナしたね。
 いろんな発展とともに、中国と日本の間は、便利になり距離はとても近くなりました。でもその一方、人と人の心と心≠ヘ近くて遠く≠ネってしまったのも事実で、とても寂しい気持ちになります。
 蘇州夜曲≠竍夜来香≠ェ日本だけでなく、中国の皆さんに愛されているように、ぜひこの建国60周年を機に、人と人の心が結ばれる暖かい日中関係になってくれるように願いたいです。おなじ中秋の名月の下で。(歌手)

 

●aminプロフィール
  上海生まれ。13歳の時、中国全土のコンテストで優勝、歌手活動を開始。日本では、サントリーウーロン茶のCMソングが、大きな話題となる。2005年、「愛・地球博」のファイナルテーマソングを松任谷由美らとともに歌い、NHK「紅白歌合戦」へも中国本土出身の歌手として初めて出場。上海万博のイメージソング「夢的城市〜海を越えるバトン」を歌い、日中を歌でつなぐかけ橋として活躍。aminオフィシャルホームページ=http://www.amin-wu.com

 

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